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【経験談】適応障害は甘えではない!休職から起業して広がった世界

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どうも、としと言います。

僕は社会人3年目の夏に適応障害となって休職をしました。

今これを読んでくれている人は

「適応障害になってしまうなんて自分は甘いな、、」

と悩んでいる方かなと思います。

でっ、最初にこれだけは伝えたいです。

『適応障害は甘えではないです!』

僕はこういった発信をしているので

「実は私も適応障害で、、」という連絡をたくさんいただきます。

でもそういったメールを読んでいてすごく感じることが1つあるんです。

『みんな頑張りすぎ』

もちろん頑張って仕事をしたりすることって素晴らしいです。

だけど適応障害になってしまう人は頑張りすぎなんです。

あまりにも責任感が強くて他の人が

「あっ、失敗しちゃった(まっ、いっか)」

くらいに考えていることを

「なんでこんなことも自分はできないんだろう」

と本気で悩むんです。

良くも悪くもいつも一生懸命なんです。

だからまずはそこをわかって欲しい。

「他の人は、、」とかではなくて…

むしろ他の人よりも頑張った結果として僕は適応障害になると考えています。

と、、

なんか自分が適応障害になっているので自分をすごいと言っているみたいであれですが、、(笑

でもいつも連絡をもらうたびにそう感じるので最初に少し話をさせてもらいました。

でっ、上でも話したように僕は社会人3年目の夏に適応障害になりました。

ちょっと自慢っぽくなってしまうかもですが、

「適応障害でもこのくらいできるんだ!」

というのを最初に知っておいて欲しいので僕自身が今何をやっているかを少し話させてもらいますね。

僕は起業して5年になります

見出しの通りなのですが、僕は適応障害で休職してから起業しました。

なんか起業ってかっこいいイメージないですか?

僕はありました。

「私は〇〇を成し遂げたい!そのために起業するんだ!」

みたいな、、

だけど自分で起業していい意味でそのイメージが壊れました。

「会社で働きたくない!自分でビジネスやって稼げば働かなくて済む!」

という気持ちで僕は始まりました。

かっこ悪いのであまり言いたくないですが会社という組織から逃げ出しました。

だけどそんな僕が胸を張って言えることが

「そんな俺でも起業して生活ができている!」

ということなんですね。

僕がやっていることを書いていくと


●せどり(転売)

転売というとあまりいいイメージがないかもですが、小売業です。

商品を仕入れて販売するビジネスモデルです。

世の中にはうまくネットが使えないことで価値があるのに世に出回らない商品がたくさんあります。

中には自分たちで高額に価格を吊り上げるために買い占めをしたりする人もいるそうですが、、

個人的にビジネスは継続できることが重要です。

なのでそうやって一時的に値段を吊り上げて、その後継続できないものは一切やっていないです。

※上の理由で2020年ではなく2019年の売上を出しています。


●アフィリエイト

これは最近聞かれることも多くなったので知っているかもですね。

企業の商品を紹介して販売することで、その販売した分の報酬がもらえるというビジネスです。

例えば僕がここで何か商品を紹介してあなたが購入してくれれば僕に少しお金が入るという感じです。

ちなみに僕の実績のページにも書いてるあるのですが、こんな感じの収益になっています。

ちなみに2020年8月9日の時点ではこんな感じです。

未払い報酬は今月分なのでまだ少ないですね。

支払済で考えると上のが2020年3月のスクショなのでだいたい月に40〜50万ほどの収入という感じです。


●情報発信

これは今まさにこのブログがそうですね。

自分が経験したことや勉強した知識などといった『情報』を発信するものです。

でっ、その情報に価値を感じてくれた人が読んでくれる。

最終的に僕の場合には上のアフィリエイトや企画というものを運営していてそこで収益が出ています。

あとはyoutuberなんかも情報発信です。

見てくれている人を楽しませる。

この楽しいというのが価値となって、そこから広告費という形で収益が発生するというビジネスですね。

一応こんな感じで収益が上がっています。

2020年8月9日に撮ったスクショ


●システム開発(プログラミング)

これはそのまんまですね。

ただ僕の場合には企業で働いてとかいう感じではなくて、自分のビジネスのシステムを自分で開発しているという感じです。

個人的にこれは趣味です(笑

やってみたら楽しくて結果としてそこから収益が上がっていったという感じです。

余談

この楽しくてやっていたら収益が上がるというのが僕が求めているところです。

僕は「人生を楽しむ」ということを信念として掲げています。

もちろんそのためにはやらなきゃいけないこともあります。

だけど最終的には、、

『自分が本当にやりたいことだけで生きていく』

という状態は作る、、

だけではなくて、これは僕のエゴになりますが、、

「今これを読んでいるあなたにもそうなって欲しい」

と思っています。


これ以外にも稀ですが自分以外のビジネスモデルの手伝いをしたりなんかもしています。

やっていることは一言でいうなら

『ネットビジネス』

と呼ばれているもの全般という感じですね。

でっ、なんかお金の話ばかりで「なんかあれだな、、」と思ったかもです。

なんでこんなにお金のことを話すかというと、、

やっぱり綺麗事抜きにお金がないと生きられないんですよ。

『人生の悩みの90%以上はお金があることで解決できる』

なんてことを言われているんですね。

今の時代って個人でもしっかりやっていけば利益を出すことって絶対に可能です。

だけどなぜか日本って

一度就職した会社で長く働くことが美徳

みたいなものがあるわけです。

僕も実際にそう思っていました。

就職した時に「あぁ、この会社であと40年以上働くんだな」って考えていました。

だけどそこから一歩外に出て思ったことが、、

「会社で働く以外にも生き方なんてたくさんある!」

ということでした。

それを知って欲しくて日本ではお金の話って少し嫌煙されますが、あえてさせてもらいました。

ということで前置きがかなり長くなりましたが、

ここからは

『僕の適応障害の物語』

を話していきたいと思います。

僕は仕事を辞めたかった・・・

僕は病院という職場で、医療従事者として働いていました。

病院で働き、国家資格を持っている「将来安泰だね」と友達に何度も言われました。

確かに入社当初は自分でもそう思っていたんです。

「あぁ、国家資格持つってやっぱりいいよね」

なんて考えていました。

でも僕は社会人3年目の夏に適応障害になり、仕事に行くことができなくなってしまったんです。

「なんで自分はこんなにダメなんだろう、、」

「どうして他の人が普通にできることが自分はできないんだ!」

と、、すごく落ち込んだのを覚えています。

入社して1年目の僕は「早く仕事覚えなければ!」と必死に働きました。

僕はよく言えば真面目、悪く言えば完璧主義という人間です。

人間不完全なんだから、完璧なんかなれるわけない。

今ならそう言えるけど、当時はどうしても認めてもらいたかったんです。

自分に自信が持てない僕は、人から認められることで、自分を保っていたんだと思います。

認められたいから頑張る。

しかし僕はもう1年経つ頃には、仕事が嫌で嫌でしょうがなくなってしまいました。

その原因は、上司が放った一言でした。

他の人が聞けば社会人にとって、当たり前だろうと思うかもしれない。

しかし僕にとってはその言葉が、どうしても辛いものでした。

たった一言だとしても

1年目の9月に僕は新しい仕事を覚えるように上司から言われました。

その仕事は他の病院で学ぼうと思えばどんなに頑張っても1年以上かかる仕事です。

普通は数年ほどかけて自分のものにしていく仕事だったようです。

(これは後で別の病院で働いている方から聞きました)

だけど当時の完璧主義の僕は、できなければいけない

「できない自分はダメなんだ」

と毎日自己否定を繰り返して焦ってしまっていたんです。

毎日毎日仕事が終わってから3時間ほど練習と勉強。

病院だったので看護師さんやドクターのために泊まることが普通にできます。

なので日によっては家に帰らずに勉強していたこともありました。

だけどできない、、

できないことが悔しくてトイレで泣いたこともありました。

そんな時に「出来ない時期があってもいい、ゆっくりでいいから」と言ってくれた先輩がいました。

その言葉を励みに僕は、新しい仕事を始めて数ヶ月間、死に物狂いで仕事を覚えました。

「これじゃダメだ、先輩はもっとスムーズにできていた」

「違う!これでは患者さんに迷惑がかかる!」

「早く覚えないと、先輩に迷惑がかかってしまう、、」

そうやって出来ない自分に喝を入れ続けていました。

そして自分の中で

「だいぶわかるようになってきたぞ!」

なんて少しずつ自分の事を認められるかと思った矢先です。

僕は上司からある一言を言われたのです。

「実はお前を仕事から外そうかと話が出ている」

頭が真っ白になりました。

今思い返すと、その日上司はイライラしていました。

そのイライラで、なかなかうまくいかない僕に当たったんだろうと思えます。

だからその言葉をそのまま受け取る必要はなかったんです。

だけど当時はそんなに強くなかった。

結局何も見てもらえない。

僕は他人の評価が全てだった

何をやっても認められない。

『自分はダメな人間なんだ』

僕にとって人に認められるということは、他の人が思っているよりも重要なことでした。

「認められないならやる意味ないし、どうせダメならやりたくもない」

自分の価値を他人の評価からしか、確認することができなかったんです。

その日から僕は

「自分はここにいてはいけないんだ」

と思うようになりました。

僕は仕事にやりがいも楽しさも、一切何も感じることができませんでした。

でもやめることも出来ない。

何をすることも出来ない。

僕は何も知らなかったんです。

会社で働くことが全てで、一度就職したらずっといなければいけない。

だからそこから抜け出すことが出来ずに、気持ちを押し殺して働き続けました。

仕事はやらなければいけないと自分に言い聞かせ、どうにか気持ちを押し殺しながら仕事をしていました。

いくら頑張っていても、それを上手く見せなきゃいけない。

僕は不器用です。

人によく思われるために、何をすればいいかわからないです。

しかし同僚の中には、うまく見せることですごく可愛がってもらっている人がいました。

そういったことができない僕は、自分ができる限りのことをやっていました。

でもそれは違いました。

自分なりの努力は無駄なんです。

頑張っていると思わせることが重要なんだって。

社会ってこんなもんなんだなって僕は思いました。

そして出会ったビジネスでも僕は失敗した

そんな時に僕はふと電車のな中で調べた『副業』というキーワードからビジネスに出会いました。

僕はこのビジネスに心が奪われてしまいました。

自分の頑張りが認められる世界。

やれば全てが自分へ返ってくる世界。

仕事を辞めたいと思っていた僕。

しかし辞められない、、

そんな状況の中でビジネスは救いでした。

しかしその初めて出会ったビジネスは、当時の僕にとって難しすぎたんです。

アフィリエイトは僕には無理だった

それがアフィリエイトというビジネスでした。

今ではアフィリエイトで収益が上がるようになりました。

だけど当時はまともな情報がなく、そこから収益を上げることは無謀でした。

僕はSNSでさえ「よくわからん」というレベルでした。

でも、辞めたい一心でアフィリエイトを始めたわけです。

「ブログを書くためにはサーバーが、、」

「ドメインってなんで必要なんだ?」

何をやるにも分からないので、ものすごく時間がかかりました。

でも、、これで今の生活から解放されるという希望を持って続けました。

仕事から帰ってきて、寝るまでの間ひたすらブログを作成。

ブログに記事が増えていくにつれて

「これで俺も自由になれるんだ!!」

なんてすごくウキウキしていたのを思い出します。

1年かけて34円の収入

でも現実はそんな甘いものではありませんでした。

今考えると利益がでないのは、当たり前だったんです。

だってそれこそ掛け算も知らないのに、割り算やるような感じです。

  • やり方も知らない
  • やるための情報も集めない

こんな状態で出来るわけがありません。

だけどそれすらもわからなかった僕は作業だけは行なっていました。

毎日、毎日、よく分からないブログを書き続けました。

そして、、

結果は1年で34円。

正直3ヶ月あたりから僕はもう心が折れかけていたんですよね。

「あぁ、やっぱり自分には出来ないんだって」

何をやっても上手くいかない。

これからも、ずっと仕事をしなければいけないだなって。

僕は適応障害になって起業した

そして僕は、2015年の夏に適応障害になりました。

ずっと夜、眠れない日が続いていました。

眠ると明日が来る。

そうなると仕事に行かなければいけない。

そう思うと眠れない。

眠れたとしても朝が来るのが嫌で、夜中に何回も目を覚ます。

そんな生活から一時的に逃れることができたのが夏休み。

働いていた職場は、夏休みは1週間好きなところを取れるというものでした。

初日はすごくウキウキしました。

「あぁ、仕事に行かなくていいなんて最高だ!」

という感じでした。

だけど休みも半分くらい過ぎたあたりから僕は憂鬱になってきました。

毎日仕事のことを考えて遊びに出かけても全く楽しくない。

そして夏休みが終わりました。

月曜日、、

仕事の用意をし玄関から外に出ようとした時

僕の足は動かなくなりました。

その日を境に、僕は仕事にいけなくなりました。

病院に行き適応障害という診断を受ける。

僕は休職することになりました。

  • 仕事に行けない
  • 働くことも出来ない
  • 自分で稼ぐことも出来ない

自分が本当に何も出来ないと感じて、正直死のうとまで思っていました。

つらかった、当時付けていた日記があるのですが、それを読むと今でも当時のことを思い出します。

僕を救った1通のメール

しかしある1通のメールが僕の人生を変えました。

アフィリエイトをやっていた名残で、残っていたある人のメルマガ。

ここで流れてきた初めて聞く名前。

それが、、

『せどり』

せどりというのは、商品を買ってきて、それをAmazonで販売するというものでした。

「Amazonって販売なんて出来るんだ、、」

僕はその時、初めてAmazonで販売できることを知りました。

すがったのが藁じゃなくて縄だった

正直な話、

「どうせこれも稼げないんだろうな、、」

そんな気持ちだったのを覚えています。

だけどやはり気になる。

一度はメールを閉じたものの、気になる。

メールを穴があくほど読み返しました。

気になる、、、

休職中だった僕には時間だけはあったので、悩みに悩みました。

調べてみると、

  • 即金的に稼げる
  • 誰でも稼ぐことができる
  • リスクがない

なんていい情報ばかり。

怪しい。

でもこれが本当なら、、

「後悔するくらいなら、やろう!」

最初はそのくらいの気持ちで始めました。

あの時、本当に藁にもすがる思いで本せどりをやった自分を褒めてあげたいです。

藁どころか、今の僕を支えてくれる太い縄になるんですから。

そして僕は稼げることを知る

教材を購入する。

やり方を知って、近くの古本屋に行く。

そして本を検索する、慣れない手つきで50冊くらい検索しました。

そしてドキドキしながらスマホで利益が出るかを確認。

『見込み利益500円』

「えっ?これって仕入れできるってこと?」

なんどもスマホの表示画面と本棚を行ったり来たり。

手にとってもう一度検索。

「仕入れができる!!利益が出る!!!」

あの時はめちゃくちゃ興奮しました。

そしてそこから「仕入れができる!!」と興奮して店の本をしらみつぶしに検索しました。

その日は最終的に40冊ほどの本を仕入れることが出来ました。

100円なのでたった4000円です。

でもレジで支払いをするときに

「これでいいんだよね、、」

と少し不安になりながら会計をしました。

僕の人生は3日で変わる

そして次の日にAmazonに納品。

その翌日に僕のAmazonでの店舗名が表示された。

これだけでも感動でした。

そしてその夜です。

僕のスマホにAmazonからメールが届きました。

『商品を発送しました』

・・・・・

・・・

「なんか買ったっけか???」

そんなにすぐに売れるなんて微塵も思っていませんでした。

メールを見るとなんと商品が売れていたのです。

「売れた!!!売れた!!!利益が出た!!!!!!!」

100円で買った本が1000円で売れていました。

そこから手数料が引かれて526円の利益がでました。

「なんだこれ?よくわからないけど。稼げたってことでいいんだよね、、」

と、正直稼げたという事実が、半信半疑でした。

だって、今までいくら頑張っても50円も利益が出なかった僕がです。

せどりでは、開始からたった3日で、その10倍の利益を出すことができたんです。

超嬉しかった。

この最初に売れた本は、今でも覚えています。

「自分の小さな箱から脱出する方法」

という本でした。

この緑色の本です。

今から考えれば、売れるなんて当たり前だけど、当時は泣きそうなくらい嬉しかったです。

『自分の力で利益を出すことができた』

これがなにより嬉しかったです。

僕はビジネスを本気で開始する

僕の場合にはまずせどりで収入を得ることができるようになりました。

そこから今では

『僕がやっていること』

で話しているようにたくさんのビジネスをやって成果を上げることができました。

 

ちなみにここから先の物語について漫画にしてあります。

最後にリンクを貼っておくので、ぜひ読んでくださいね。

 


僕の場合には適応障害という病気が転機でした。

病院に行くたびに

「あぁ、自分は病気なんだ」

とすごく凹みました。

毎日「なんで自分はみんなが普通にやっていることができないだろう、、」と自己嫌悪に陥っていました。

だけど僕は運がよかったです。

適応障害がビジネスを本気でやるきっかけとなって稼げるようになりました。

でも1つ言えることは

『行動できたのは自分』

ということなんです。

もちろん自分だけで行動できたなんてことは言えません。

僕が凹んでいる時に「なでてー」と言わんばかりに横にいてくれるワンちゃんの存在。

そして、、

「どうにかなっても私がどうにかする!」

と奥さんが言ってくれた言葉。

この言葉がなければ僕は行動することは出来なかったと思います。

僕は運がよかったんです。

もともと行動ができる人間ではありませんでした。

だけど適応障害になり会社で働くことが出来なくなったことをきっかけに、、

周りの方達にすごく助けられて行動することができました。

今でも本当に感謝しています。

人間って思っているよりも色々なことができます。

それこそ今回この話を聞いてくれている方は、他の人よりも頑張ることができます。

ただ頑張り過ぎな部分はありますが、、。

だけどその頑張りが全て自分に戻ってくるならどうですか?

素直にやりたいことをやりたいと言う

日本ってなぜか自分の欲求をいうことをはばかられます。

なんでなのか僕は不思議です。

  • お金が稼ぎたいとか
  • 自分の好きなことだけやりたいとか
  • 毎日贅沢に過ごしたいとか

こうやって素直に自分がやりたいこと、やりたくないことを言えるって超素晴らしいと思います。

  • 毎朝8時前に出勤なんてしたくない
  • 頑張っても上がらない給与制度に腹が立つ
  • 仕事がないのに残っていないといけない雰囲気にも嫌気がさす
  • その日の気分で理不尽に怒る上司にも「ふざけんな!」って思う
  • 満員電車に乗らなきゃ行けない出勤の制度も意味わからん
  • どの企業も同じような休みだから、混雑したところにしか行けない休日というのもわけわからん

僕は現在”普通”と言われている日本の会社という組織では働きたくないです。

僕はこの普通に耐えることができません。

そこから逃げ出して自分の好きなことでいきたいと素直に思いました。

もちろんそのために勉強はたくさんしました。

だけどそのおかげで

  • 次の日の朝が来るのが嫌で眠れないこともない
  • 朝起きる時に「仕事に行きたくない」と悲しくなることもない
  • 日曜日の夜に「また1週間が始まるのか、、」と憂鬱な気持ちになることもない
  • 仕事がないのに仕事をしているふりをする必要もない
  • 上司の機嫌で自分が振り回されることもない
  • 動きたい時に利益を出せるから、休みを自分で決めることができる
  • 働く時間も変えられるから、わざわざ混んでいる時に出かける必要もない

なんて心から『楽しい』と思える人生を手に入れることができました。

ちっぽけかもしれないです。

起業している人ってそれこそ、

フェラーリ乗ったり、キャバクラで豪遊したり、タワマン住んだり、、

こんな生活を送ってそうですよね。

でも僕にとっては

『毎日気持ちよく眠れて好きな時に好きなことをできる』

これがなにより幸せな人生です。

最後に…

どうでしたか?

これがこのブログを運営している『とし』という人物です。

きっかけは適応障害という病気でした。

だけどそこからビジネスを本気で開始して、今では月収が100万円を切らないと断言できます。

『自分で稼げることを知る』

これを知ることができると本当に世界が変わります。

もちろん職業ってたくさんあって

『転職をして再スタートする!』

というのも1つの方法だと思います。

だけど僕自身はもし一歩踏み出せるなら

『ネットビジネス』

というものをやって欲しいと考えています。

ビジネスをやることによって人生がすごく豊かになります。

これは仮に適応障害という病気がある程度回復して転職なり復職した場合でもそうです。

自分でビジネスをやっていることで選択肢ってものすごく広がります。

仮に僕が0の状態に戻ったとして、、

お金はバイトや仕事をして稼ぐ必要があってもビジネスは絶対にやります。

だって楽しいんです。

自分が本当にやりたいことができるビジネスって最高に楽しいんです。

もちろんそのためには行動しなければいけないんです。

「頭ではわかっているけど・・・」

僕はそう思っていて、行動できずに病気になってしまいました。

だけどそれが結果として、いいきっかけになりました。

でも病気はつらい。

そんなつらい状況までなってほしくなくて、ブログやyoutube、メルマガなどでビジネスの情報をたくさん配信しています。

僕の発信が何か人生を変えるきっかけになれば嬉しく思います。

では長くなりましたが、今回は適応障害というものについて僕の経験談などを話させてもらいました。

PS.

途中で話をした僕のビジネスの続きの漫画のリンクになります。

最後に特別な案内もあります。

ある動画が僕の月収を250万まで伸ばした物語

 

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